<現実と仮想現実の狭間で>

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 テレビゲームは仮想現実だと言われる。虚構の世界を作って、その中で自分が登場人物になりすました演技をして楽しんでいるだけのものに過ぎないと言われる。確かに、その通りであるが、では、それならば、我々がインターネットでおこなっていることはどうなのかと言えば、やはり、仮想現実の一面があるのは認めざるを得ないであろう。

 しかし、銀行取引や商品購入などの実体を伴った行為まで仮想現実だと言い切るわけには行かないのである。つまり、我々は仮想現実と現実という2つの世界の境界線上で活動しているわけで、この2つを分けて考えること自体が意味をなさないことなのである。これは、ニュースが仮想現実か否かを問うのと良く似ている。ニュースは現実に起こったことを視聴者に伝える為に放送されているわけであって、決して虚構ではないし、仮想現実でもない。同じように、我々がインターネットで活動していることも決して仮想現実ではない。名前や素顔などの個人情報を隠しているからと言って、実体としての人間がいないわけではない。実体があるからこそ、インターネットで活動出来るわけで、人間でない者がこうした活動をしていることはまずありえない。そういう意味では、ゲームもまた人間が遊んでいる限りは、コンピュータと人間との間の情報交換であって、決して仮想現実などではないわけである。

 従って、現在、問題になっているような、ゲームにのめり込んだ人間がゲーム脳になった場合は、明らかにコンピュータによる傷害事件と呼んでも良いわけであるし、暴力や性犯罪を助長するゲームのせいで人間が犯罪を引き起こした場合には、コンピュータが人間を洗脳して犯罪を実行させたと解釈することも出来るわけである。

 ところが、こうした深刻な事態に直面すると、仮想現実を持ち出して責任回避がおこなわれるわけである。こうした行為はロボットに対してもおこなわれるのではないかと危惧している。ロボットが殺人事件を起こすのではなくて、ロボットが人間を騙して殺人をそそのかした時に、仮想現実を口実にメーカーが責任逃れをする可能性が十分にあると思うのである。

 ゲームが本当に仮想現実に過ぎないものであって、現実との接点が無いものだと考えるのは、現在ではむしろ危険である。ゲームまがいの犯罪事件が多発している状況では、現実との接点がないゲームなどないと考えた方がむしろ無難である。我々は仮想現実と現実との間の接点を求めているのであって、それがなければゲームはヒットしないし、完全な現実や完全な虚構があると考えるのは、詐欺や不正事件が多い現在では、現実逃避に過ぎないものである。

 たとえば、レースゲームを考えてみよう。レースゲームではレース結果を再現映像で鑑賞出来るようになっているものが多い。これはゲーム内容をビデオ録画して置いて、それを再生して見ているのと事実上変わるところがない。そこで、もし、あるゲームメーカーがレース結果の再現映像をゲームとは独立したビデオファイルとしてDVDに収録出来る機能をゲーム機に付けたとしてみよう。この結果、プレイヤーはレースの最速ビデオを作って発表出来る機会を与えられることになるわけである。

 もちろん、これによって得られたビデオはゲームメーカーが著作権を握っているわけだから、勝手に販売出来ないが、最速ビデオを見たいというゲームプレイヤーが多くいて、ビデオにプレミアが付き、オークションで販売されて高額で取引きされたとしてみよう。すると、レースゲームで最速記録を達成したという仮想現実は、もはや仮想現実ではなくなり、実際のレースと同様に多くのゲームプレイヤーに評価され、ビデオにお金を出す人まで出るという結果となり、現実と何ら変わらないものになってしまうことにならないだろうか。

 同じことはRPGにも言える。RPGで冒険した世界の記録を元にCG映画をDVDに出力するゲームソフトの開発にあるゲームメーカーが成功したとしてみよう。このCG映画はプレイヤーの遊び方によって千差万別の内容となるので、一つとして同じものにならない。そこで、ベストプレイをした冒険の記録をCG映画にしたものを見たいという要望がプレイヤーの間に起こる可能性がある。これも同じようにDVDにプレミアが付いて、オークションで販売され、多額のお金を手に入れる人が現れたりしたら、もはや仮想現実とは呼べないものになってしまうであろう。

 もちろん、実際にはゲームソフトメーカーはゲームとゲーム結果を分離して販売出来るように作ることはないと思うが、仮想現実と現実とが両面性を持つことを証明する材料として考えるのには、これがわかりやすいことは理解してもらえると思う。同じようなことはネットゲームで手に入れたお金やポイントで商品を購入したりなど、数え上げれば切りがないほどたくさんある。仮想現実と現実とは決して別のものではなく、相互に繋がって存在しているものなのである。

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 そして、こうした仮想現実と現実との境目に大きなビジネスチャンスがあるわけで、ゲームキャラクタの縫いぐるみや人形、アイテムなどが販売されているのも、現実との接点を求める人が多いからなのである。

 これからのゲームはますます仮想現実と現実との境目を太く結び付ける方向に動いていくことになると思うし、実際、パソコンを使って、そういうゲームを作ることは可能である。たとえば、RPGで遊んでイベントをクリアするたびにイベントクリアの画面の付いた記念アルバムをプリンタで印刷してくれるゲームなどは容易に作れるし、もちろん、エンディングの画面の付いた記念アルバムを同じようにプリンタで印刷することも出来る。ゲーム途中で出会ったキャラクタや倒したモンスターの画像をプリンタで印刷させることも可能である。先にゲームの記録をビデオにする話をしたが、ゲームの結果を絵本にしてプリンタで印刷するということも可能なのである。

 単にゲームをするだけではなく、ゲームをする為のアイテムを作り出すソフトも作れる。たとえば、カードゲームが子供の間で流行っているが、カードゲームに使うカードをプリンタで印刷するソフトを作ることは可能である。トランプや面子などももちろん作れる。一つ一つ切り離す手間をかけなくても、カードサイズの印刷が出来る熱転写プリンタが販売されているから、それをパソコンに繋いで印刷すれば良い。ゲームで使う預金カードや紙幣、パスポート、証明書など、必要なものは全てプリンタで印刷することが可能である。

 こうして見てみると、現在でも印刷という範囲内では仮想現実と現実との壁は崩れ始めているわけである。最近、偽造紙幣が増えているのも、こうした認識の変化があるのかもしれない。仮想現実か、現実かという認識ではなく、境目を通して両者が繋がっているという認識を持たないと未来は見えて来ないし、現実を見失うことにもなりかねない。

 現在ではCGで作った形状を液体プラスチックをレーザーで凝固させて立体製品を作り出す機械が実用化されているが、まだ非常に高価な物である。しかし、これが技術開発によって廉価になり、一般に普及するようになったら、こういう立体レーザープリンタを使ってゲームアイテムやゲームキャラクタ、モンスターをCGからプラスチック製品として作り出すことも出来るかもしれない。

 そうなれば、ゲームは印刷によるハードコピーだけでなく、ソリッドモデルとしても現実化出来るようになるわけである。ゲームに必要なアイテムや人形、紙幣、カード、コインなど、必要な物は全てゲームソフトからプリンタを使って作るように出来るだろう。こういう現実の世界で手で触れるアイテムと仮想現実の世界で手で触れない物との両方を使って遊ぶゲームが出来るかどうかはわからないが、イベントクリアやカジノなどの景品を出力するゲームがあっても別に不思議なことではない。今まで、こういうプリンタを使ったゲームが作られることがほとんどなかったのは、ゲームがゲーム機に移行し、パソコンゲームが衰退したからに他ならないが、一番大きな理由はゲームの商品化権を侵害する危険があったからであろう。

 ともかく、現実と仮想現実の間でゲームは成り立っているわけである。これから、ますます現実と仮想現実の壁を越える技術開発が進んでいくのは間違いない。

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